夫婦の遺言が実現「ブラバンキッズ・オデッセイ」あらすじと感想

2009年に発売され今作は「野庭の音楽」の素晴らしさと
講師の中澤氏の生涯を前作よりも更に深く掘り下げた内容になっています。

彼はガンで60歳という若さで亡くなっていますが、
彼の教育理念である「音楽は心」という考えは社会人になった生徒たちがしっかりと受け継いでいる。
音楽に人生を捧げた1人の男と大勢の生徒の物語がこれで完結となりますが
本書の内容をちょこっと紹介していきたいと思います。

Sponsored Link

「ブラバンキッズ・オデッセイ」のあらすじ

前作の「ラプソディ」では音楽教室を営んでいた元プロ演奏者の中澤忠雄氏の着任から
吹奏楽コンクールで全国大会に出場し見事金賞を受賞するまでのプロセスが描かれる。

言うことを聞かないヤンチャな生徒もいる中で、中澤の求心力で徐々に一体感が生まれ
強豪ひしめくコンクールで無名の高校が見事栄冠を勝ち取った。

だけど1点だけ不安要素があったんです。
講師の中澤氏の体に異変が出始め、入退院を繰り返すようになったということ。

前作ではあまり取り上げられなかった彼の体の不調ですが、
今作では病名が「ガン」とわかり、手術後はみるみる体重は低下。
もちろん体力も日に日に衰える中、それでも無理して野庭高校に通い、
全国大会に出場させた彼の音楽に対する執念とは一体なんなのか。

「教師と生徒」ではなく家族のような関係に

生徒を自宅に招き入れて一緒に食事をするのは日常茶飯事で
彼の人生は仕事もプライベートも全て野庭の吹奏楽でした。

中澤家には多くの生徒や卒業生が出入りし、
食事の支度も手伝うなど家族同然のような付き合いをしていたそうですが、
多くの生徒が押しかければ食費がかさむのは当然。

それでも中澤の奥さんは愚痴一つこぼさず、
「なんとかなるんじゃない」と意外にも楽天的な人だったそうです。
彼女もまた世話好きだったので大勢の生徒が自宅を訪れるのを楽しみにしていたのかもしれませんね。

しかし中澤氏のこうした吹奏楽一本の生活は子供たちが犠牲になったことは言うまでもありません。
今でこそ「良い思い出」として娘さんは語っていますが、当時思春期だった彼女は
自宅に生徒が大勢来るのが嫌だったと素直に語っています。

自分の子供をほっといて他人の子供を教育するやり方は賛成できませんが
中澤氏と生徒のエピソードを知ると、その絆の深さが家族以上であることが容易にわかります。

有終の美を飾った第43回全日本吹奏楽コンクール

1995年、この年はすでに中澤氏の体は限界を超えており、
ドクターストップがかかってしまったので県大会は教え子が指揮をとり
中澤氏は全国大会への切符となる関東大会で指揮棒をふることに。

とてつもなくプレッシャーが掛かったのは、その教え子でしょう。
次の大会へ繋げなければいけないので、敗退は許されない。
ちなみに代理候補は二人居ましたが、1人は中澤氏の指導に耐えられなくなり
野庭から距離をおいてしまいますが、それはそれで仕方がないこと。

生徒だけじゃなく社会人になった卒業生たちも中澤氏の前では生徒であり
怒られるときは本気で怒られていましたから。

全国大会へのカギを握る関東大会は自分じゃなければいけないと自負していただけに
無事、関東大会を突破しラストステージとなる全国大会でも周りの人に心配されながら指揮棒を振りきった。

これまで何度か全国大会で金賞を受賞してきた野庭高校ですが
この年は全国でトップという成績をおさめたのです。

14年という長い年月を経てようやく手にれた日本一。
しかし中澤氏の体は悲鳴を上げており、もう活動を続けられる状態ではありませんでした。

入院中も生徒や卒業生が連日顔を出し、
家族とともに交代で看病する毎日が続く中、その日はやって来ました。
大勢の生徒と奥さんが見守る中、天国へ旅立っていった中澤氏。

彼の死後、ずっと支え続けてきた妻の信子さんは自宅で抜け殻のようになっていましたが
このままではいけないと思い切って駅前に店を出して新たな人生を歩み始めようとしていました。

そんな時も助けてくれたのが卒業生たちです。
中澤氏が亡くなったあとも、奥さんとの交流はしっかりと続いており
その絆は親子のような深い関係になっていたのです。

同時期に野庭高校が統合されるという話が出て、
2003年、野庭の吹奏楽部は長い歴史に幕を閉じることになったのです。

奥さんの願い

更に悪いことは続くもので、中澤氏の奥さんもガンを患い入院。
夫と同じ60歳でこの世を去ってしまったのです。

中澤氏が言っていたように奥さんもこんなこと言っていました

「野庭の灯を消さないで欲しい」

以前からOBでブラス・バンドをやりたいね、と言う話がよく出たけど
実現に至らず流れてしまい、彼女の死をきっかけに
OB達が声を掛け合い、作られたのが「ナカザワキネン会」という吹奏楽団です。

みんな社会人なので集まって練習をする時間は少ないけど
中澤夫婦の思いが届き、小さな火だけど絶やさずに灯し続ける姿がそこにはありました。

そしてもう一人、別の形で「野庭の音楽」を奏で続ける1人の女性がいました。
その人は野庭高校があった横浜市内にある私立中学で音楽教師をしており吹奏楽部で顧問を担当。
中学生の生徒たちに「音楽は心」だということを教えているのかもしれませんね。

Sponsored Link

読んでみた感想

前作の「ラプソディ」以上に波乱に満ちた内容で野庭が「日本一」に輝いた時は思わず私も涙してしまいました。
14年という長い年月を掛けて生徒たちと家族のような関係を築き、その生徒を「財産」と語る中澤夫婦。

公立の野庭高校は予算の関係で充実した部活動が出来ず、
一方関東圏内の私立高校は吹奏楽部に力を入れた強豪がいますから全国大会に出場することさえ難しかったのです。

しかし中澤氏の性格はそうした逆境だからこそ燃えたらしい。
前作同様、サクセス・ストーリーは本当に面白い、けれど今作はそれ以上に人間ドラマが熱かった。
授業中、先生は怒って帰ることがあったそうですが、その度に一部の生徒が走って追いかけて自宅までついていくというのが定番だったそうです。
彼の指導方法は一風変わったところもありましたが、「怒って帰る」というのも作戦の一つで
常に生徒たちに緊張感を抱かせ、コンクールに負けない精神力を養わせていたのかもしれません。

先生が病で倒れ、入院中は生徒や卒業生が見舞いに来て
家族とともに看病していたというのですから、先生と生徒の関係を超えているのがわかります。

生前、自宅に大勢の生徒を招き入れ、食事を振る舞い、
時には泊まらせていたといいますから、心を通わせる事の大切さを彼なりのやり方でやっていたのでしょう。

さて、今作に対して1点だけマイナスを付けるならば、
約3分の1が前作とかぶっているところでしょうか。
前作の続きとして、スマートに構成すれば価格も安くなったのではと思いました。

前作のあらすじと感想はこちらになります