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大橋鎮子を影で支えた妹達、暮しの手帖の創業メンバーとして活躍

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暮しの手帖とわたし

朝ドラ「トト姉ちゃん」は父親代わりとして奮闘するヒロイン・常子を描いた作品。
そんな彼女を影で支えていたのが二人の妹でした。

ドラマでは相楽樹さんが小橋鞠子(まりこ)を、
杉咲花さんが末っ子の美子(よしこ)を演じます。

さて、気になるのは彼女たちの実在モデル、
鎮子さんにも2人の妹がおり、暮しの手帖の編集者としてお姉さんを支えていました。
自叙伝「暮しの手帖とわたし」を参考にご紹介したいと思います。

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北海道で生まれた妹達

大正10年、父の仕事の都合で北海道に渡った大橋家。
この時はまだ鎮子さん1人だけでしたが、小樽にほど近い小沢で暮らすようになってから
次女の晴子さんが生まれたようです。

父は今も現存する日本製麻株式会社の工場長としてバリバリ働いていましたが
風邪をこじらせてから体調が悪くなり、会社の配慮で道内の暖かい虻田の工場に転勤。
またしてもお引越しとなったわけですがその虻田で末っ子の芳子さんが生まれたのです。

 

父が会社を退職、療養生活へ

大正15年に結核と診断された父は本格的な療養生活に入るため会社を退職。
東京で過ごした後、結核に良いという病院がある鎌倉で生活することになった姉妹たち。
この時、晴子さんは6歳、芳子さんはまだ4歳です。

引っ越しはこれで最後?と思いきや父の容態は一向に良くなりません。
東京にいる父の従兄弟・黒田正夫さん、初子さん夫妻のすすめで東京の病院に転院。
鎮子さんと晴子さんは大井第一小学校へ通うことになったのです。
(東京都品川区にある学校)

 

終戦目前の昭和19年、姉妹で父の故郷へ食料調達に

話は少し飛んで昭和19年、ますます食糧難に陥る日本は配給制となり、
大橋家も例外なく台所事情は厳しく、今日食べる分さえも確保するのが難しくなっていったのです。

そんな時に助け舟を出してくれたのが父の兄弟。
お米をあげるから岐阜県にいらっしゃい、ということで鎮子さんと晴子さん二人が
リュックサック一杯にお米を貰いに行ったことがあるようです。

都内にしか身寄りがない人のことを考えると、
大橋家はまだまだ恵まれた環境だったといえます。

 

事業資金を援助してくれた晴子の知人

昭和21年、大橋鎮子さんと花森安治さんが立ち上げた会社「衣装研究所」の運転資金を
晴子さんの会社の人が出資してくれたというエピソードが有ります。

「お姉さんが事業をなさると聞いたのでこれを使ってください」

と2万円を受け取ったそうですが、今なら数百万円に相当するこの金額。
まさか妹の知人から思わぬ援助があるとは想像つかなかったと思いますが
事業資金が不足していたのは否めません。

これで安心して暮しの手帖の前身である「スタイルブック」を作ることが出来る。
幸先の良いスタートを切った衣装研究所は鎮子さんを社長に、妹2人も編集に加わることになったのです。

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創業メンバーの横山啓一と結婚

花森安治さんと大橋鎮子さんの共通の知人である横山啓一さんが経理担当になりましたが
実はこの方と晴子さんがのちに結婚することになるのです。

朝ドラでは伊藤淳史さんがその役を演じる予定ですが
ドラマでも史実通り二人が結婚するのか楽しみですね。

ちなみに今回参考にさせていただいた「暮しの手帖とわたし」は自叙伝ですが
出版したのは横山啓一さん晴子さん夫妻の息子の妻である横山泰子さんです。

とと姉ちゃんに関する記事を沢山書いています♪目次はこちら

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