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映画「毛皮のヴィーナス」の原作の感想マゾヒズムのルーツがここにある

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映画「毛皮のヴィーナス」

2014年12月20日に公開となる映画「毛皮のヴィーナス」の

原作「毛皮を着たヴィーナス」を読んでみましたのでご紹介したいと思います。

 

この作品の著者であるザッヘル・マゾッホ氏の名前から

マゾヒズムという言葉が生まれたのはあまり知られていませんが、

作品の中に暴君となる女性、絶対服従をする下僕の男という構図から

女王様と下僕(男)のイメージが付いたのだと考えられます。

もちろん鞭で男性を打つ場面は何度も出てきており、

変な扉を開いてしまわないか心配です(笑)

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幼少から変わり者だった主人公のゼヴェリーン

ワンダから、

「子供の頃からお馬鹿さんの癖が目立つ子だったの?」

なんて言われてしまうゼヴェリーンですが、

幼少の頃から女性を目の前にすると怯えてしまう反面、

女性への歪んだ関心が芽生え始めていたのは確か。

更には自宅にある石膏のヴィーナスのつま先にひれ伏して接吻するなど

この時から下僕とか奴隷のような素質を備えていたのでしょう。

 

 

女は遊び半分から本気に?、男ははじめから

なんだか面白そう・・・。

ワンダは初め、遊び感覚で女王様を演じていたいのですが、

サディズムの快感に酔いしれ、いつしか本気で

ゼヴェリーンを下僕のように扱っていく・・。

 

鞭を買うときにすでに、

店員が豚用ですかと尋ねると、

「奴隷を打つときに使うやつよ」と

ゼヴェリーンを震え上がらせるほどだった。

そう、彼女は既に”危険な素質”を内に秘めていたのかもしれません。

 

 

奴隷制度のある地・イタリアへ

マゾという歪んだ性癖をもつゼヴェリーンを従えて

ワンダは奴隷制度のあるイタリア・フィレンツェへ。

奴隷制度がある場所だからこそ主人と下僕の関係は演じやすい。

これは後述しますが、ワンダはとある思惑があってこの地に滞在することを決意するのです。

 

ゼヴェリーンはワンダを女神のように崇拝していた

ワンダと結婚を望んでいたゼヴェリーンですが、

それ以上に心から望んでいたのは紛れも無くマゾヒズム精神だったのでしょう。

彼女を女神のように崇拝し、ひれ伏し、つま先にくちづけし、

皮膚がただれるほどムチ打ちを望む歪んだゼヴェリーンの相手をしていた

ワンダはある意味女神だったのかもしれません(笑)

 

子供の頃に彫刻の女神に惹かれ、

月光の光で青白く輝いていた女神像に震えながら感動したゼヴェリーンは

ワンダという生身の人間にもその美しさを重ね合わせて見ていたのでしょうか。

 

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恋敵の登場で急展開

ギリシャ人の美青年の登場で、二人のSとMの関係は一層激しいものへと変わっていきました。

ワンダはこの青年に恋をし、あろうことかゼヴェリーンに青年の詳細を調べるように申し付けるわけです。

 

ゼヴェリーンにとっては発狂したくなるほどの命令ですが、

マゾの性なのでしょうか、文句を言いながらもワンダの言うとおりに動いてしまう。

 

ワンダいわく、

この関係は強制するものではなく、いつでも自由になれるはずだと言っており、

私はあなたと結婚するつもりはないとはっきりとゼヴェリーンに忠告もしますが、

変態ゼヴェリーンは、もう後戻りはできない状態まできてしまいます。

 

ギリシャ人への強烈な嫉妬、愛おしいワンダの心も青年の方へ揺れ動き

自殺まで考えたゼヴェリーンはアルノ河に身を沈めようとするも

ワンダを想うと死ねなかったヘタレくん。

 

最後に待っていたのは例えようもない最高の屈辱だった

 

ワンダとギリシャ人が恋仲になり、

更にはギリシャ人の青年に鞭で打たれたら・・・。

最後にゼヴェリーンが受けた仕打ちは、これ以上例えようのない恥辱、絶望、肉体的苦痛よりも

精神的苦痛が計り知れないほど大きかった。

さすがマゾという言葉の語源となっただけあり、普通なら決して経験することはない

強烈な結末が待ち受けていたのです。

 

ワンダとギリシャ人の二人はゼヴェリーンの前から姿を消し

ゼヴェリーンは復讐の念が湧くも、結局、元の平凡な生活に戻り、暮らしています。

 

ワンダからの手紙で、少しは救われた結末

 

狂った愛憎劇で結末も強烈なのかと思いきや、

少しはほっこりさせる終わり方でホッとしました。

 

数年後にワンダから届いた手紙には、

あなたを愛していたことは事実だったが、

精神的に病んでいたゼヴェリーンを夫にすることは不可能と思い、

荒療法で残酷だけど、治してあげたいという気持ちがあったことを綴った。

 

確かに彼女は少しだけ楽しんだようですが、

ゼヴェリーンは普通の健康的な生活を取り戻していますので結果オーライです。

 

この本の最後にちょっと興味深い言葉があって、

 

「女は男の奴隷になるか暴君になるかのいずれかであって、絶対にともに肩を並べた朋輩とはなりえない」

(引用:毛皮を着たヴィーナス)

 

と綴られています。

女性を揶揄した言い方ではありますが、

美青年のギリシャ人を登場させることで、

ワンダも相手次第で簡単に奴隷にもなるし暴君にもなれる。

 

ただ、主人公のゼヴェリーンが病んでいなければ、

普通に恋人同士になっていたのかと思いますけどね。

マゾが居ればサドが誕生する、自然な流れなのでしょうか。

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