秋山徳蔵の子供時代がワルガキすぎてヤバイ(笑)

さて、今回は天皇の料理番の主人公・秋山徳蔵さんの子供時代についてご紹介したいと思います。

かなりのワンパク少年だったようですよ。

関連:天皇の料理番の原作の感想はこちら

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もくじ (文字クリックでジャンプ出来ます)

坊主になりたい!

福井県武生の片田舎で生まれ育った秋山徳蔵。

幕藩体制時代に十村を務めた家柄なので建物も立派で不自由のない生活をしていたようです。

※十村とは庄屋のような役人ですが身分は庄屋よりも上

 

しかし徳蔵には兄・周太郎がいるので将来的には全ての財産は兄が管理することになり、

自分はいずれは出ていかなければならないので、幼いながらもいろいろ将来のことを考えていたようです。

 

性格はというと、ちょっとわがままで思い通りにならないと暴れて手におえないこともしばしば。

そんなワガママ坊っちゃんが10歳のときにいきなり

「坊主になりたい!」

というもんだからさぁ大変。

徳蔵は次男なので家を継がせるわけにはいかないけど、

あまり苦労しないところへ養子にやりたいと両親は考えていました。

 

でもなぜ坊主になりたいと思ったのか

実は坊さんのスタイルや立ち振舞いがカッコ良かったとか、上品さに憧れた、ただそれだけでなりたいと考えたのです。

子供ですからね、動機は単純です。

 

でもいざ坊主になると頭にカミソリを当てられた時にイタイとわめき始め、

寺を抜けだして家に帰ってしまったそうです。

 

なんとか家のものが取り押さえて父親が髪をソリ、

坊主姿になったら気分が良くなったのか、無事寺に戻ったのです。

なんともお騒がせな子供です。

 

さて、お寺の修行僧とは言え急に良い子になるはずもなく

ここでもワルガキぶりが発揮されていたようですよ(笑)

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お寺ですから食事は質素で、たまに和尚のお供でご馳走にありつけますが

下っ端の徳蔵には中々番が回ってきません。

そこで賽銭箱から数銭持ちだしては駄菓子屋で飴玉を買っていたそうで、

和尚も薄々感づいていたのかもしれませんね。

 

更にお寺への参道には地蔵が立てられており、

近所のおばあちゃんがお供えするコンペイトウを兄弟子とともに手当たり次第に食べていたそうです。

 

また、この兄弟子と喧嘩した時は学校で使う小刀を振りかざして脅したときは

さすがの先輩も音を上げ降参、追い詰めたら何をするかわからないという怖さもあったようですね(笑)

 

そして決定的な出来事がお墓倒し事件です

徳蔵が世話になっていたお寺は歴史が古く、寺の後ろには先祖の和尚の墓がズラリと立っていたのです。

この墓の形が現代のような立方体ではなく、重心が上でバランスが悪く

「押したら倒れるんじゃね?」

と思った徳蔵は一定のリズムを取って押し倒してしまい、

さらにここは山寺ですから見事に崖の下へ落ちてしまったのです。

しかもあろうことか何体も・・・・。

これはアカンやつや・・・。

 

賽銭やコンペイトウどころではありません、

これは一大事ですよホントに(笑)

ということであっけなく破門を食らってしまい、仏の道は1年足らずで終わってしまったのです。

 

アラレちゃん事件

近所に住むおじさんが気持ちよさそうにヤブの中で大をしているのを発見した徳蔵は

以前の墓のように突いてみたいという衝動にかられてしまい、

近くにあった竹棒で後ろから勢い良く突くとびっくりしたおじさんが

大の上に尻餅をついて徳蔵の家まで怒鳴りこんでいった事があったようです。

うんこを棒で突くといえばアラレちゃんのイメージなのでアラレちゃん事件と命名しましたが

これまたお騒がせで迷惑なイタズラですよね。

親泣かせとはまさにこのことです(;´∀`)

 

こうしてみると本当に危なっかしいわんぱく少年時代を過ごした秋山徳蔵さんですが、

この後に例の軍人さんのところにいってカツレツの味に衝撃を受け、料理人としての物語がスタートするのです。