「べっぴんさん」第1週「想いを込めた特別な品」

連続テレビ小説「べっぴんさん」
2016年10月3日(月曜日)~10月8日(土曜日)
第1週「想いを込めた特別な日」

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あらすじ

1945年9月、終戦直後の焼け野原になった神戸の街を見下ろす坂東すみれ。その背中には小さな赤ちゃんが泣いており、自分もまた涙しながら佇んでいる。そして何かも失った彼女は生きるために再出発を決意するのでした。

時は過ぎ20年後、子供服メーカー「キリアス」の20周年パーティーが開催され壇上には坂東すみれと創業メンバーの主婦仲間が立っていた。すみれは母親がくれたハンカチの刺繍を感慨深げに眺めている。母が縫ってくれた刺繍は四つ葉のクローバーで葉にはそれぞれ「勇気・愛情・信頼・希望」という意味があり、全てが揃うと幸せになれると教えてくれた。

時は戻ってすみれが9歳の昭和9年。
見晴らしの良い神戸の高台に立派な洋館を建てた坂東五十八(ばんどういそや)は大阪にある坂東営業部を経営する敏腕社長。子供は12歳の長女のゆり、9歳の次女のすみれの二人姉妹で母親は病院で療養中。以前、母親が四つ葉のクローバーの刺繍をしてくれたので自分もお返しがしたいと刺繍にチャレンジしたものの、家族にどんな刺繍を施したのか分かってもらえず泣いてしまう。しかし母にプレゼントするために気を取り直してもう一度刺繍を作り直すのです。

坂東家の新築披露パーティーには貴族院議員の田中五郎とすみれの将来の夫である息子の紀夫が来ていた。そして坂東営業部の全てを任されている野上正蔵とその息子の潔も来ていた。すみれは作成途中の刺繍を潔に見せたら何を縫っているのか当ててくれたので嬉しくなり作業に励む。

数日後、姉・ゆりの靴を作るために寸法合わせに来た「あさや靴店」のオーナー麻田茂男が坂東家を訪れていた。針と糸を使う靴作りに興味が湧いたすみれは父・五十八の靴を分解してしまったが父親は気づかずに東京へ出張。たまたま居合わせた潔が「あさや靴店」に届けてくれると言うのですみれもついていき、麻田から「心を込めて作ることの大切さ」を教えてもらった。

母・はなは、すみれから貰った刺繍のハンカチをとても喜びましたが、病状は悪化。五十八に娘達を託し息を引き取ったのです。

時は過ぎて昭和17年7月。女学校の最高学年になったすみれも17歳になっていた。同級生の多田良子と田坂君枝の3人で「手芸クラブ」を結成。姉のゆりは二十歳を迎え、父の会社を継ぎたいと考えていた。

そして25歳になった潔は坂東営業部で働いていたが再び召集令状が届いてしまった・・・。

 

1話~6話のあらすじと感想

第1話「すみれが初めて作った刺繍」

第2話「新築パーティと街の靴屋さん」

第3話「麻田のモノづくりへの想い」

第4話「想いを込めた刺繍を母に」

第5話「母との別れ」

第6話「手芸クラブ結成」

 

第1週の見どころと感想

第1週から刺繍の世界がギュッと詰まったお話でした。主人公のすみれが悪戦苦闘しながらも完成した可愛い刺繍。そして一時帰宅が許された母が娘達に贈ったタペストリー。

実はこのタペストリーは生まれてくる順番通りに「ゆり」を奥に、「すみれ」を手前に作られているんです。華やかにすくすくと成長した2つの花はまさに二人の娘の成長を願う母の想いが込められています。そしてキーワードの「四つ葉のクローバー」は色んな所で登場しましたね。

今週は母と娘の愛情が表現された刺繍が見どころの一つとなっています。

 

史実について

昭和4年、坂野惇子が11歳の時に住吉山手に引っ越したのですが、以前の家よりも更に西洋な作りで最新の設備が整った三階建ての邸宅でした。とにかくハイカラ好きで外国製品に目がない父親は佐々木営業部でも輸入品を扱っていました。これはドラマでも触れていましたね。

そして第1週から登場した「あさや靴店」。モデルは「モトヤ靴店」で三宮センター街という商店街の一角にありました。場所はロケ地情報でご紹介しています。佐々木家が利用していた靴店で、娘の嫁入り道具として「ハイヒール」を作ってもらっていますが、これが後に惇子を助けることになるのです。たぶん、ドラマでもしっかりとこのエピソードを取り入れるでしょう。

また、女学校時代ではファミリア創業メンバーの1人、榎並枝津子と出会っています。1年生から同じクラスで学生生活は常に一緒に行動していたとか。とっても仲の良いお二人だったようですね。

ちなみに坂野惇子さんは成績が優秀でトップで女学校に入学したそうです。でもあまり目立ちたくない控えめな性格だったので「2番」が好きだったとか。初代ファミリアの社長にならず、「モトヤ靴店」の元田さんが社長になったのはそんな性格が影響しているのかもしれませんね。

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そしてもう一人、大切な人と学生時代に出会っています。
惇子が女学校4年生の時、グループデートで知り合ったのが甲南高等学校に通う坂野道夫でした。恋愛結婚でしたから当時では珍しかったと思います。

時代背景

1923年に発生した関東大震災の影響で東京の人口は減少し、企業も大阪へ拠点を置くようになりました。大阪は「日本最大の商業都市」として経済や文化の中心になっていたのです。そんな隆盛の時代に坂東営業部も大阪に本居を構えて商いをしていたわけですから経営も追い風に乗って順調だったんだと思います。

1931年(昭和6年)、満州鉄道の爆破をきっかけに満州事変が勃発。関東軍(日本)と中華民国の軍事衝突で関東軍は満州全土を占領。そして日本と中国は日中戦争へと突入していったのです。